2011/01/12

TRON

ネイティブの友達が夜、車に忘れたものを届けに来てくれたついでに夜の映画に誘ってくれた。


TRON

ディズニー映画だが、バリバリのサイバーテクノロジーSF

日中の日焼けの疲れで激しい睡魔に襲われつつも何とか見ていた。
途中何回か寝てしまっていたが…。

寝ぼけたまま見ていたので英語脳も回転するはずがなく、ほとんどのセリフが聞き取れなかった…。

まあ映像が分かりやすいので十分ヴィジュアルで楽しめた。

ヒロイン役の人がやたら美人で、一緒に行っていた友人も
“She is hot!!”と興奮していた。

オバマ

Tucsonにオバマがくるのは初めてらしい。

先週の悲劇に対して大学側がオバマに来てもらうよう要請し、それに大統領夫妻が応じたわけだ。

12日、4時開場、6時開演にも関わらず、前の晩からテントを張って列をつくる連中も現れ、早くから大学は厳戒態勢に入っていた。
物々しいパトカーや消防車、それに数多くのテレビ局が中継車を並べてキャンパスを埋め尽くしていた。

最初、昼ごろ図書館で勉強してから夕方頃に並べばいいかと考えていたが、キャンパス内につくと何千人もの列が目に入った。


その列の中から友達が声をかけてくれて、途中から急きょ並ぶことができた。
それが12時ごろ。

冬だというのに、相変わらず暑い日差しの中で数時間待つことになった。
顔がかなり焼けた気がする。

4時を過ぎると一斉に列が動きだし、バスケットボールのスタジアムへ。

6時ころにはテレビに出てきたヒーローやドクターが続々会場に登場し、彼らをテレビ画面がとらえるたびに拍手とともに大きな歓声があがった。


最後に登場したのはやはり大統領夫妻。
そこまでで一番大きな歓声とスタンディングオベーションが巻き起こった。



実際のオバマ大統領のスピーチは犠牲者の追悼と、勇敢に容疑者を取り押さえたり被害者を守ったりした人たち一人ひとりを賞賛すこことから始まり。
これからアメリカ人は互いを尊重し、助け合い協力し合って繁栄していく必要がることなどを延々と語っていた。


正直、全部聞き取れたわけではないのだが、あのしゃべり方と言い回しは聴衆を引き付ける力はあるとは思った。
一言ひところ丁寧に力強く話す様子はテレビを通してでは伝わらない何かがあった気がする。
一度担任だった先生とも一緒だったのだが、彼女はオバマのスピーチで心打たれたのか(犠牲者を悲しんでか)涙を浮かべていたくらいだ。



実はアリゾナは共和党優位の州で、知事にも過去にオバマと大統領の座を争ったジョン・マケインがいる。
今回被害にあったギフォード議員はオバマと同じく民主党の下院議員だ。
それにも関わらず当日は4万人以上の人が大学に集まってきたわけだ。

もちろん党どうこうではなく、被害者を憐れむ気持ちなどに共鳴した人、珍しいもの見たさに来た人が大多数だろうが、大統領の“集客力”的な部分は肌で感じ取ることができた気がする。

2011/01/11

動き出す

ここ数日具合が悪く店と家の往復だけだったが、久々に友達とランチをすることになった。

前から超オススメされていた大学の近くにあるミス・サイゴンというベトナム料理のレストラン
「え~、ベトナム料理でうまいのなんて食ったことないのにな~」なんて思っていたが、行ってみて考えが変わった。
素直にうまい。

フォーを肉のつけ汁につけレタスで巻いて食べるなんだかわけのわからないプレートがでてきたが、この肉汁と肉が甘辛いステーキのようでウマイ。

パクチーが大量にでてきたが、よけて食べれば何も問題はない。

その後、一緒だった友達が何と自分が住む目の前のアパートに越してきたというので行ってみた。
しばらくくつろいでいると、別の友人から電話があり、パソコンが壊れたのでみてほしいとの相談。
早速、スタバに行ってみると電源部分が大破したラップトップが。
ボタンの接触をみてあげて、解決。念のため外付けハードディスクにデータをバックアップすることになった。
そんなことをしながら、他の友人の近況を聞いてみると、ほとんどが元いたアパートから出てホームステイや一人暮らしなどおのおの違った生活スタイルを送り始めているのがわかった。
何人かは母国に帰ったり、学習の場を(NYなどへ)移したりしていた。

せっかく友達になれたのに、かなり離れた存在になっていくのは悲しいが、また新たな出会いに期待したい。


一旦家に帰ってから、ネイティブの友人がインターナショナルマーケットに連れて行ってくれるというので、乗っけてったもらった。


これまでの4日間ネイティブの店員くらいしか話さなかったが、動き出すといきなりいろいろな人と再会できておもしろくなる。

なんか今日は(いつもにまして)支離滅裂な文章だな…。


明日はいよいよオバマがアリゾナに来る。

2011/01/10

不眠

なんだかJet lagの影響がまだ続いているようだ。
昼間や夕方に長時間寝てしまい、夜の12時以降なかなか寝付けない。
気づいたら朝になっていたり、夜中早くに起きたり…。

生活リズムを戻すべく、朝早くからバスで1時間かけてMotor Vehicle Division(自動車局?)に行ってきた。
州の免許証を発行するところだが、パスポートとビザがあればアリゾナに在住のIDカードを発行してもらえる。

簡単なフォームを埋め窓口で書類をみせるだけで、数十分のうちに発行された。
このカードは公式の写真付きIDなので、今後はパスポートを持ち歩かなくても身分を証明できるわけだ。


このカードを持ってさっそくベライゾンに行った。
というのも自分のスマートフォンから国際電話がうまく繋がらなかったからだ。

どうやら個別にアクティベートしないといけないのだが、音声ガイダンスでは何を言ってるのかわらない。コールセンターのカスタマーサービスのおばちゃんも「本人確認ができないから」と言って電話で手続きができなかった。
それで、直接ベライゾンショップに行ってきいてくることにしたわけだ。

ここで作ったばかりのIDカードが活躍。身分証明ができた。

事前にベライゾンのウェブページで、国際電話の料金プランを調べていったので話は早かったが、調べずに行ったらさぞちんぷんかんぷんだったろう。
(通常アメリカから日本へは1分2ドル近くするのだが、月3ドルちょっとの国際長距離プランを契約すると、1分あたりが20セント以下に下がる。10分ほど話したときの料金を考えるとどえらい差額になる。)

一応、プランを付け加えて2時間ほどで使えるようになると言われたのだが、それ以外にも何か言っていた気がして窓口でもごもごしていた。
さっと突然手をさしのべられ最後は握手で(契約?)終了。
妙に不安げな笑顔をみせてしまった。

2011/01/08

身近で事件

Tucsonのスーパーで銃乱射事件が起きた。

下院議員を狙った発砲らしい。

ちょうど携帯会社の用があり、買い物もしようかと考えていただけに、身近すぎる場所での事件はアメリカの銃社会の恐ろしさを肌で感じることとなった。


家で寝ていて助かった…。

2011/01/07

再入国

実家であけおめして7日に再びアメリカへ発った。

飛行機はほぼ最後部の席だったため、着いたときの入国審査も列の最後尾で待たされるはめに。
おかけで、乗り換えがギリギリすぎて焦った。

ツーソンは1月だというのに相変わらず暑い。
どうなってるんだここの気候は。

同じアパートにいた日本人の部屋にはどちらももう新しい入居者がいるようだ。
やはり学校に近いだけあって人気のアパート。

時差ボケはないが今回はあまり寝てこなかったので体がダルい気がしないでもない。


2011/01/01

卯

ついにあけてしまった2011年

ウサギのように飛躍できる年にとはみんないうけれど、みんなのジャンプ以上に高くとばないとかわりばえのない1年を繰り返してしまうことになる。

力の限り跳び続けなければ。。。