2011/12/17

2011年最後のTucson

もしかしたらこれが最後かもしれないという思いでTucsonに訪れた。あいにく冬休みが始まっており、帰省していたり旅行に出ていってる友達が多く、大学周辺自体人気は少なかった。


まずはいつものジョニー宅へ伺うことに。“法律上はおばさんにあたる”が年下という親戚の子が来ていた。


夜は一緒にジョニーの友達の家でやっているまさにアメリカンなダークルームでのビアポンパーティ


合流していた中国人がかなり酔っ払っていた。自分はシラフのまま過ごす。
その後、その子↑を送ったのだが、自分たちが帰った後も酔っていたせいかまた夜道をふらつくという危険な状況に。なんとか確保して再び送り返してあげた。


翌日は共通の知り合いでもある中国人の子が学部の卒業式があるということで、朝から見学にいった。5月ほどの人はいなかったが、やはり規模はでかい。


午後はスポーツ用品店で最安値のスノボ服一式を揃える。

夕食はSushi Yukariで久々のTucson日本料理を食べ、その帰りにTucsonのクリスマスイルミネーションをみた。こんな綺麗なスポットがツーソンにあったなんて・・・。









クリスマス通りって名前が良すぎる!




その日の最後は、空手でアリゾナのチャンピョンでもある日本人とその友達合同の鍋パーティにおじゃました。その“友人”の方は実は自分も過去に会ったことがあったのだが、ほんとに一瞬だったので、相手は覚えていないようだった。とにかく彼はクックパッドを駆使しての料理がうまく、すき焼きも見事なできばえだった。

最後は一瞬一瞬を思い出としてかみしめながら、夜更けまで談笑した。

2011/12/16

日本人見送り

一人日本人が帰国するということで、みんなで見送りした。

彼女は企業派遣ということで、会社からも「選ばれた人材」なわけで基本的に優秀なのははじめから推測できたが、話していても頭の良さを感じた。
なんというか天才系じゃなく(すいません)、努力して賢くなってきたタイプ。

対人コミュニケーション力もディスカッション力もあり、小柄ながらしっかりと自分の意見を主張のできる人。
自分の間違いに気づいた時には素直に認め、他人のミスにはやさしく諭すことができていた。
長い歴史をもつ日本の大企業ならではの保守的な面と、アフリカで生活をした経験をもち、外国人の夫を持つという果敢・大胆・行動的な面も兼ね備えたRepresentative of Japan としても誇るべき存在だったと思う。

ちなみにスポーツ万能で、笑顔が素敵。もうすこし一緒に勉強したかったな~。人として彼女から学ぶところは多く、いろいろお世話になったのでここでも感謝しておきたい。

あきらかに自分の人生の中で「出会うことができてよかった人物」の一人だ。


2011/12/15

プログラム終了

プログラムの一区切りとして、修了式みたいのがあった。
証明書と記念のUSBメモリをもらう。そのUSBの中にはクラスメイトと過ごした日々の写真のスライドショーファイルが入っていた。
ケーキなんかも食べて終了。

あっという間だったなぁ。思い出に浸る間もなく解散。

2011/12/14

ファイナルプレゼン・カラオケ・カラオケ

約2週間ほど最終プレゼンテーションのための準備をしてきたわけだが、この日がお披露目日。
教授陣とスタッフが観客となって各チームのプレゼンをきく。
もちろん生徒は全員スーツだ。

いつになく真剣な顔つきなクラスメイトと同じく自分も意識していた以上に緊張していた。自分の番になると勢い良く汗が吹き出してきた(^^;
いつになっても人前で話すのは緊張する。ましてや英語で「完璧にしよう」なんて考えたひにゃ~どうしようもなく・・・。

半日ほどで、無事終了して各教授から(定型なんだろうが)賞賛のお言葉を頂いた。

ランチには大量に余った学食カードのポイントを使い切るべくみんなにサラダやら水筒をおごってあげた。


肩の荷が降りたのもあり、みんなでカラオケへ
が、そこは中国人の経営するからおけでKTVとかいてある(中国や台湾ではカラオケのことをKTVというらしい)。なんかわけわからず宇多田ヒカルの「First Love」とかをもう一人の日本人と熱唱してみたり。知ってるアメリカの曲をみんなで大合唱してみたり。

その夜はこっちのジャパンクラブの人たちが歓送迎会を開いてくれたのでそれに参加。この学期で卒業となる人の送り出しがメイン。
場所はSakanaという日本料理屋。
ややアメリカナイズされそうでされてない居酒屋メニューが中心だった。
アサヒの瓶ビールがあったのが◎

ジャパンクラブのメンバーの中に大学時代の知人の広告業界仲間という生徒を発見。世界に渡れど世の中狭いな~なんて。

確かに最近の研究によると世界の人々は「6次の隔たり」ではなく、もはや「3~4次」らしい。Facebookなんかもそれに寄与してるのかな。

で、そのジャパンクラブの人たちもその後2次会的にカラオケに行くことに(^^;
場所は今度は韓国系のカラオケ付き日本食屋。
今度こそよく知る歌をみんな歌っていた。
一人「雪国」を英訳しながら歌うという新鮮な芸(?)を披露してくれてる人がいたが、彼の英語はかなり流暢。ビジネススクール内でアントレ(起業家)のクラブを立ち上げ他校との交流もはかってるんだとか。やはりやり手が多い学校だ。

どうでもいいが、帰り際店の前で車の接触事故(しかもパトカーの真ん前でw)をみた。当て逃げも一般的なのか…。







2011/12/10

P-party

いまのクラスメイトと一緒になる日も残すところ後わずかということで、最後にパーティをしようといことになった。

ポットラック的に各自食べ物を持ち寄り、ひと通り食べたあと、ゲーム+ペナルティ付きの飲み会が始まる。

進行は主にゲームを紹介してくれた韓国人がすすめており、それに沿って飲んでいた。自分はうまくきり抜けていたのだが、負けた人の代理のみでつぶれた。

面白かった記憶はあるが、正直途中からは記憶が途切れ途切れで完全に覚えていないことも多い。帰りは自分の部屋まで肩を担いでもらったのは覚えている。

翌日は半日以上たっても二日酔い。

この日はみんな「Puke Party」だったと言っていた。(意味はググッてくだされ)

アリゾナにきて一番泥酔した日かもしれない。

2011/12/06

鉄板焼き

鉄板焼きのAh-Soという店に行った。
現地の人の発音は「A○s-hole」に聞こえなくもない。

コックは韓国人だったが、日本の鉄板焼きのテクニックをみにつけており、クッキング+パフォーマンスで客を楽しませる術を心得ていた。
味もいい。満足。

2011/12/02

ちゃんとしたタイ料理

一見豪華そうなSATARAというタイ料理店に行った。


外観だけでなく、内装もスタッフもオーナーらしき人もきちんとしていて、良いレストランと行った感じ。料理の味も予想していた一般家庭職系とは違い、自分の口にもあう「うまい」タイ料理だった。というのも基本自分はすっぱいのと辛いのが一緒になるのが苦手でトム・ヤム・クンも好物ではない。でもこの店はあり。